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東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)182号 判決

原告

ストウフアー ケミカル カンパニー

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和47年審判第1219号事件について昭和53年6月15日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文第1、2項同旨の判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続きの経緯

ストウフアーワツカー シリコン コーポレイションは、昭和44年11月15日、名称を「本来の位置に生じた架橋粒子を有する変性オルガノポリシロキサン類」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1968年11月15日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和44年特許願第91343号)をしたところ、昭和46年12月4日拒絶査定を受けたので、昭和47年3月7日審判を請求し、昭和47年審判第1219号事件として審理されたが、原告は昭和48年8月28日右会社から本願発明について特許を受ける権利を譲り受け、同年12月27日被告にその旨届け出たが、昭和53年6月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同月24日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として3か月が附加された。

2  本願発明の要旨

オルガノポリシロキサンを、単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とに遊離基開始剤の存在下において接触させて、その場で(insitu)発生する微粒状物質を形成させることからなる、架橋微粒状物質を含有するオルガノポリシロキサン組成物の製造方法。

3  審決の理由の要点

1 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

2 これに対し、英国特許第806,582号明細書(以下「引用例」という。)には無機質固体と遊離基発生剤との存在下にオリガノポリシロキサンにオレフインを反応させてオルガノシリコングラフト重合体を生成することが記載されている。

してみれば本願発明とはオルガノポリシロキサンにオレフイン単量体を遊離基開始剤の存在下に反応させる点では何ら変わるのものでない。ただ、本願発明ではオレフイン単量体として単官能のものと多官能のものとを併用して架橋微粒状物質を形成せしめているが、これがための効果も格別認められない。

したがつて、本願発明は引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明し得たと認められる。

4  審決の取消事由

引用例に審決認定のような記載があること並びに本願発明と引用例記載のものとの間に審決認定の一致点(両者は「オルガノポリシロキサンにオレフイン単量体を遊離基開始剤の存在下に反応させる点では何ら変わるものでない」こと)及び相違点(本願発明は「オレフイン単量体として単官能のものと多官能のものとを併用して架橋微粒状物質を形成せしめている」が、引用例にはその旨明記されていないこと)が存することはいずれも認めるが、審決は、引用例には、オルガノポリシロキサンにオレフイン系単量体を反応させるに当たり単官能のものと多官能のものとを併用し、反応現場で架橋微粒状物質を形成させることについては何らの記載もなければ、示唆もないのに、このことを示唆するものであるとして引用例の技術内容を誤認し、右誤認に基づいて本願発明の構成に困難性がないものと誤つて認定、判断し、かつ本願発明の奏する顕著な作用効果を看過し、その結果、本願発明は当業者が引用例記載のものに基づいて容易に発明することができたものと誤つて判断したものであり、違法であるから、取り消されるべきである。

1 (引用例の技術内容と本願発明の構成の困難性)

本願発明は、幹化合物(幹重合体)であるオルガノポリシロキサンに単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを反応させ、架橋微粒状物質を含有するオルガノポリシロキサン組成物を製造する方法に関する発明である。これに対し、引用例記載の発明は、「無機質固体と遊離基発生剤との存在下にオルガノポリシロキサンにオレフインを反応させてオルガノシリコングラフト重合体を生成する」ものであるが、右、「オレフイン」は単官能のもの又は多官能のもののいずれであるにせよ、ただ一種のオレフイン系単量体を指す。このように、引用例はオルガノポリシロキサンに単数のオレフイン系単量体を反応させるという技術内容を開示しているにすぎず、単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用し、その場で(insitu)架橋微粒状物質を形成させることについては何らの記載もなければ、示唆もない。すなわち、引用例第4頁第28行ないし第31行には、「非珪素オレフイン化合物、すなわち脂肪族C=C結合を含有する非珪素化合物がここで、“幹”化合物にグラフトさせるのに使用され得る。」として、反応材料として多数のオレフイン系単量体を使用することができる旨記載されているが、これら多数のオレフイン系単量体の2種又はそれ以上のものを併用することにつていは何らの記載もなければ、示唆もない。引用例に、「オレフインと反応条件(olefin〔単数〕and reaction conditions〔複数〕)の適切な選択をすれば、かなりの過量のオレフイン(olefin〔単数〕)(例えばオルガノシリコン重合体の重量に対し2,000%又はそれ以上)が使用され得る。」(第5頁第18行ないし第22行)とあるように、引用例は明らかにオレフイン単量体を単数でしか扱つていないのである。

また、引用例の記載によれば、引用例記載の発明のオレフイン系単量体には単官能のもののみならず、例えばジビニルベンゼン、ジアルリルエーテルのような架橋剤となる多官能オレフイン系単量体が含まれるが、(第4頁第49行ないし第127行)、これらのオレフイン系単量体がその官能性に着目されて反応材料として選ばれたとみるべき根拠は見いだせない。のみならず、仮に引用例に2種又はそれ以上のオレフイン系単量体を用いることが開示されているとしても、それが単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用するものであるとの点については何らの記載もなければ、示唆もない。

引用例記載の発明の実施例についてみると、多官能オレフイン系単量体を用いた例は全くなく、実施例1ないし7においては、反応材料としてトリフルオロクロロエチレン1種だけを用いることしか記載されていないし、実施例8に列記されている11種のオレフイン系単量体にしても、その数種を併用するのではなく、それそれ単数でしか用いられていない。

以上のとおり、引用例は単数のオレフイン系単量体を用いることを開示しているにすぎず、単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用することについては何らの記載もなければ、示唆もなく、まして、両者を併用し、反応現場で架橋微粒状物質を形成させることの記載又は示唆を引用例中に見いだすことはできない。したがつて、当業者が引用例記載の発明に基づいて単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用し、反応現場で架橋微粒状物質を形成させるという構成を採用することは容易であるとは到底考えられない。

2 (本願発明の作用効果)

本願発明は前記発明の要旨のような構成を採用することによつて、次のような優れた物理的特性を有する組成物を製造することができるものであり、本願発明の奏するような作用効果は、当業者が引用例記載の発明に基づき容易に予測することができる範囲を越える顕著なものというべきである。

本件特許出願の願書に最初に添附した明細書(甲第1号証の2。以下「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明中に例1ないし5が記載されている(それらはすべて「実施例」と命名されているが、このうち例1、3の各(a)ないし(d)及び5の(a)ないし(c)は本願発明の方法に則つたもので、真正な実施例であるが、例2、4の各(a)ないし(d)及び5(d)は反応材料として単官能オレフイン系単量体のみを用いた対照例である。以下前者を「実施例」、後者を「対照例」という。)。各例で用いられているオレフイン系単量体の単官能、多官能の別、名称及び使用、不使用の別は下のとおりである。

実施例・対照例

(a)(b)(c)(d)

(a)(b)(c)(d)

(a)(b)(c)(d)

(a)(b)(c)(d)

(a)(b)(c)

(d)

単量体

1

2

3

4

5

5

単官能オレフイン系

単量体

スチレン

アクリル酸ブチル

多官能オレフイン系

単量体

1・3―ブチレンジ

メタクリレート

×

×

×

×

メタクリル酸アリル

×

×

×

×

×

○使用 ×不使用

各組成物の物理的特性は本願明細書の発明の詳細な説明及びその中の第1表(25頁。実施例1(a)ないし(d)と対照例(a)ないし(d)と対比したもの)、第2表(30頁。実施例3(a)ないし(d)と対照例4(a)ないし(d)とを対比したもの)及び第3表(33頁。実施例5(a)ないし(c)と対照例5(d)とを対比したもの)に掲記されている。以下個別的にみてみる。

(1)  耐溶剤性

第1表において、対照例2(d)では、単官能オレフイン系単量体のみを用いたものが60%のトルエン存在下において硬化しない熱可塑性物質を生成するのに対し、単官能及び多官能オレフイン系単量体を併用する実施例1(d)では、同じ量のトルエン存在下においても硬化した組成物を生成することが示されている。

(2)  機械的性質

本願発明に係る方法によれば、組成物の引張り・伸び・引裂きの点で、多官能オレフイン系単量体を欠いて製造された組成物より良好なものが得られた。そして、第2表において、実施例3(d)の方が実質的に良好な性質を有し、硬化したものを生成するのに対し、対照例4(d)では硬化不能な熱可塑性物質に変わつたことが示されている。

(3)  粘着力

第3表において、実施例5(a)ないし(c)は対照例5(d)(ただし、第3表「BDMA」欄の最下段の「0.4」は「0.0」の誤記である。)よりも、ガラス及びアルミニウム基体に対する粘着力が良好であつた。

(4)  非膨潤性

単官能オレフイン系単量体のみを用いて製造した現場生成粒子は溶剤の存在下において膨潤し、軟化し、その結果粘度が増加し、ついには完全な相変換を起こし、その物理的性質は、本質的に熱可塑性有機重合体と同じになる(本願明細書第2項第4行ないし第9行)。これに対し、本願発明に係る方法により単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用して製造した現場生成微粒状物質は溶剤による膨潤、軟化を起こすことなく、初期の常温硬化組成物を得ることができるものである。

第3請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、3(審決の理由の要点)の事実は認める。

2  同4の審決の取消自由に関する主張は争う。審決の認定、判断は正当であつて、審決には原告主張のような違法はない。

1(1) 引用例には、単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用することの記載はないが、引用例記載の発明におけるようなグラフト共重合において、幹重合体にグラフト(接枝)させるオレフイン系単量体は1種に限られるものではなく、必要に応じ2種以上のものを併用するということは、本件出願当時(優先権主張日当時。以下同じ。)における周知技術であつた(例えば、バタード、トレジャー共著「グラフト共重合体」1967年ジョン ウイリ アンド ソンズ、インターサイエンス出版部発行、第246頁ないし第256頁、第489頁ないし第520頁((乙第9号証の1ないし4))参照)。

そして、引用例には、「非珪素オレフイン化合物、すなわち脂肪族C=C結合を含有する非珪素化合物がここで、“幹”化合物にグラフトさせるのに使用され得る。それは単量体又は重合体(共重合体も含め)いずれでもよく、分子当たり1個以上のエチレン状結合を含有し得る。(中略)ここで使用し得る具体的なオレフイン“枝”反応材は炭化水素オレフイン例えばエチレン、ブタジエン、シクロヘキセン、スチレン、ビニルトルエン、ジビニルベンゼン、インデン、イソプレン及びヘキサデセン(中略)…不飽和エーテル例えばジアルリルエーテル及びアルリルエチルエーテル(中略)…並びに上記のタイプの官能性基の組合わせを含む化合物である。」(4頁第28行ないし第84行)との記載及び「上記単量体オレフインだけがここで有効なのではなく、実質的なC=C残留不飽和を持つ重合体オレフインも同様である。かくしてポリブタジエン、天然ガムラバー、ポリクロロプレン、ブタジエンとスチレンの共重合体、ブタジエンとアクリロニトリルの共重合体、ポリヘキサフルオロブタジエン及び類似の化合物が本発明で枝反応材として使用し得る。」(第4頁第96行ないし第104行)との記載があり、前記周知技術を斟酌して右記載をみれば、引用例はオレフイン系単量体を2種以上適宜組み合わせてグラフト共重合体を行うことを示唆するものということができる。

(2) 右に摘記したとおり、引用例には、オルガノポリシロキサンに反応させるオレフイン系単量体として、(A)エチレン、ブタジエン、シクロヘキセン、スチレンなど、(B)ジビニルベンゼン、ジアリルエーテルなどが記載されているが、このうち(A)は本願発明でいう単官能オレフイン系単量体である。また、本願発明でいう多官能オレフイン系単量体は、本願明細書第7項第6行ないし第9行の「『多官能』」という用語は、二官能及び三官能単量体、すなわち少くとも非共役オレフイン結合を有する単量体を含むつもりである。」との記載から明らかなように、「非共役オレフイン単量体」を含むものであるから、非共役ジオレフイン単量体である前記(B)のジビニルベンゼン、ジアルリルエーテルは本願発明における多官能オレフイン系単量体である。そして、非共役ジオレフイン単量体は、それが有する2つの二重結合が共に反応性であり、多官能性単量体であることは当業者の熟知するところである。

(3) そして、グラフト共重合において、幹重合体にグラフトさせるオレフイン系単量体として必要に応じ単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用することも、本件出願当時における周知技術であつた(例えば、昭和38年特許出願公告第3593号公報((乙第6号証))、昭和36年特許出願公告第6195号公報((乙第7号証))、昭和35年特許出願公告第13138号公報((乙第8号証))、昭和36年特許出願公告第5546号公報((乙第10号証))参照)から、オルガノポリシロキサンを幹重合体とするグラフト共重合において、グラフトさせるオレフイン系単量体として単官能のものと多官能のものとを2種以上組み合わせて用いることは、当業者が引用例記載の発明に基づいて容易に採択することができた組合せであるというべきである。

しかも、単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とは相互に反応して架橋重合体を生成すること(小竹無二雄監修「大有機化学 22 合成高分子化合物Ⅰ」昭和38年10月1日株式会社朝倉書店発行、第103、第104頁((乙第5号証))参照)、幹重合体の存在下に単官能オレフイン系単量体及び多官能オレフイン系単量体をグラフトさせると架橋したグラフト共重合体が生成すること(前掲乙第6号証ないし第8号証、第10号証の各公報参照)は、いずれも技術常識であり、したがつて、オルガノポリシロキサンの存在下に単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用し、三者間の反応により架橋したグラフト共重合体を形成させることも当業者にとつて自明のところであつた。そして、本願明細書第1頁第13行ないし第18行に記載されているようにオルガノポリシロキサンに単量体をグラフトさせるとグラフト重合体が微細物質(本願発明にいう微粒状物質)として生成することは既に知られていたところであるから、前記グラフト共重合体が微粒状物質であることも、当業者が容易に想到することができたものというべきである。

2 前述のとおり、引用例においては、オルガノポリシロキサンを幹重合体とするグラフト共重合において、反応材料として単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用することが説明されているから、引用例記載の発明においても、それらの単量体の使用に基づき架橋微粒状物質を生成するものであり、該物質は架橋重合体であるから耐溶剤性を有することは明らかである。このように引用例記載の発明においても、グラフト共重合の結果として生成する微粒状物質を架橋させ、その耐溶剤性を改善する効果は既に実現しており、本願発明の作用効果はそれ以上に格別のものではない。

本願明細書の発明の詳細な説明中の第1表ないし第3表に示された物理的特性のデータをみても、トルエンのパーセントが0・20・40・60と増加していくに従つて数値が上がったり下がつたりしており、また、その傾向は第1表と第2表とで異なつているというように、一定の傾向を示すものではない。また、例えば引張りについてみると、第1表の実施例1(a)と対照例2(a)、実施例1(b)、対照例2(b)及び第2表の実施例3(c)と対照例4(c)とを比較すると明らかなように、対照例の組成物の方が優れた特性値を示している。したがつて、このような粗雑なデータをもつて本願発明の方法によつて製造した組成物が優れた物理的特性を有するとし、本願発明の奏する作用効果が顕著であるということはできない。

第4被告の主張に対する原告の認否及び反論

(1)  (前記第3の2ノ(1)の被告の主張に対して)

被告が援用する乙第9号証の1ないし4に開示されているように、グラフト共重合において、幹重合体にグラフトさせるオレフイン系単量体は1種に限られるものではなく、必要に応じ2種以上のものを併用することが本件出願当時における周知技術であつたことは認めるが、右周知技術の中には、幹重合体としてオルガノポリシロキサンを使用するものは1つも含まれていない。また、被告が援用する引用例の記載がオレフイン系単量体を2種以上適宜組み合わせてグラフト共重合を行うことを示唆するものであることは争う。引用例がグラフト共重合の反応材料として「重合体(共重合体も含め)」を挙げているのは、反応材料として使用される以前に既に重合体の又は共重合体として形成されていたものを反応材料として使用し得るものとしているにすぎず(引用例第4頁第96行ないし第104行参照)、オレフイン系単量体を2種以上組み合わせて反応させ、その現場で(insitu)架橋微粒状物質を形成させることはどこにも示唆されていない。

(2)  (前記第3の2ノ(3)の被告の主張に対して)

被告が援用する乙第10号証に開示されているように、グラフト共重合において単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用すること及びオルガノポリシロキサンに単量体をグラフトさせるとグラフト重合体が微細物質(本願発明にいう微粒状物質)として生成することがいずれも本件出願当時における周知技術であつたことは認めるが、前段の周知技術の中には、幹重合体としてオルガノポリシロキサンを使用するものは含まれていない。

第5証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 (本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点)

成立に争いのない甲第1号証の2(本願明細書)、同第6号証(昭和47年3月7日付け手続補正書)によれば、本願発明は、本来の位置に生じた架橋微粒状物質を含有する、改良された耐溶剤性を有する常温硬化性変性オルガノポリシロキサンを提供することを目的とするものであり(本願明細書第2頁第13行ないし第3頁第3行)、「これら変性オルガノポリシロキサンは、制御された条件下で遊離基開始剤の存在に於てオルガノポリシロキサンを重合体単官能モノマ及び重合性多官能モノマと接触させて作ることができる。」(同第3頁第3行ないし第7行)、これらの「モノマ」(単量体)はオルガノポリシロキサンの「グラフト化段階」で使用する(同第3頁第8、第9行、第6頁第20行ないし第7頁第1行)との知見に基づき本願発明の要旨のような構成を採用したものであることが認められ、右認定事実によれば、本願発明は、幹化合物(幹重合体)であるオルガノポリシロキサンに単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体の2種の単量体を反応させ、その場で(insitu)発生する微粒状物質を形成させることからなる、架橋微粒状物質を含有するオルガノポリシロキサン組成物を製造する方法に関する発明であると認めることができる。

これに対し、引用例に「無機質固体と遊離基発生剤との存在下にオルガノポリシロキサンにオレフインを反応させてオルガノシリコングラフト重合体を生成すること」が記載されていること、及び本願発明と引用例記載の発明とは、オルガノポリシロキサンにオレフイン系単量体を遊離基開始剤(遊離基発生剤)の存在下に反応させる点で一致するが、本願発明がオレフイン系単量体として単官能のものと多官能のものとを併用して架橋微粒状物質を形成させるものであるのに対し、引用例にはその点が明記されていない点で相違することは、いずれも当事者間に争いがない。

2 (引用例の技術内容と本願発明の難易について)

原告は、引用例はオルガノポリシロキサンに単数のオレフイン系単量体を反応させるという技術内容を開示しているにすぎず、引用例には、オレフイン系単量体を反応させるに当たり単官能のものと多官能のものを併用し、反応現場で架橋微粒状物質を形成させることについては何らの記載もなければ、示唆もないのに、審決は、引用例がこのことを示唆するものであるとして、引用例の技術内容を誤認し、右誤認に基づいて本願発明の構成に困難性がないものと誤つて認定、判断した旨主張する。そこで、引用例に記載、示唆された技術内容及び本願発明の構成の難易について以下に検討する。

(1)  (引用例記載の発明と2種以上のオレフイン系単量体の使用)

成立に争いのない乙第9号証の1ないし4(バタード、トレジヤー共著「グラフト共重合体」1967年ジヨン ウイリ アンド ソンズ、インターサイエンス出版部発行、第246頁ないし第256頁、第489頁ないし第520頁)は、上記著書のうち、本願出願前である同著書の発行時期までに頒布されたグラフト共重合に関する特許文献902件について、国別、特許番号別に整理した一覧表及びそれぞれのグラフト共重合体における幹重合体とそれにグラフトさせる単量体との組合せを示す索引の部分であり、これによると、グラフトさせる単量体が2種以上のものが多数存在し、グラフト共重合においてグラフトさせる単量体は必要に応じ2種以上のものを併用することは、本件出願当時における周知技術であつたものと認められる(このことは、幹重合体として用いるものにオルガノポリシロキサンが含まれるかどうかの点を除き、当事者間に争いがない。)。

原告は、該周知技術の中には幹重合体としてオルガノポリシロキサンを用いるものが1つも含まれていない旨主張するが、たとえ前記著書にオルガノポリシロキサンを幹重合体として用いるものが記載されていないとしても、右周知技術を幹重合体が具体的にどのようなものであれ、これに2種以上の単量体をグラフトさせる技術に係るものと把握したうえ、そのようなものとして引用例の示唆する技術内容を認定する資料に供することは何ら妨げないものというべきである。

そして、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例には、(イ)「非珪素オレフイン化合物、すなわち脂肪族C=C結合を含有する非珪素化合物がここで、“幹”化合物にグラフトさせるのに使用され得る。それは単量体又は重合体(共重合体も含め)いずれでもよく、分子当たり1個以上のエチレン状結合を含有し得る。(中略)ここで使用し得る具体的なオレフイン“枝”反応材料は炭化水素オレフイン例えばエチレン、ブタジエン、シクロヘキセン、スチレン、ビニルトルエン、ジビニルトルエン、ジビニルベンゼン、インデン、イソプレン及びヘキサデセン(中略);不飽和エーテル例えばジアルリルエーテル及びアルリルエチルエーテル(中略);並びに上記のタイプの官能性基の組合わせを含む化合物である。」(4頁第28行ないし第84行)との記載及び(ロ)「上記単量体オレフインだけがここで有効なのではなく、実質的なC=C残留不飽和を持つ重合体オレフインも同様である。かくしてポリブタジエン、天然ガムラバー、ポリクロロプレン、ブタジエンとスチレンの共重合体、ブタジエンとアクリロニトリルの共重合体、ポリヘキサフルオロブタジエン及び類似の化合物が本願発明で枝反応材として使用し得る。」(第4頁第96行ないし第104行)との記載があり、前記周知技術を斟酌して右記載をみれば、引用例はオレフイン系単量体を2種以上適宜組み合わせてグラフト共重合を行うことを示唆するものということができる。けだし、右(イ)の末尾の「上記のタイプの官能性基の組合わせを含む化合物である。」との記載部分は、右(イ)に記載された各種の単量体の2種以上を適宜組み合わせることを示唆するとみる根拠とすることができるものであるし、また、右(ロ)の記載中例えばブタジエンとスチレンの共重合体を「枝反応材」として使用し得るとある部分は、端的には、オルガノポリシロキサンにブタジエンとスチレンの共重合体が結合する場合をいうものであるが、ブタジエンとスチレンを共重合体の形でなく、ブタジエン単量体とスチレン単量体の形でグラフトとした場合も、結局は、前者の場合と同じ生成物が得られる理であるから、上記載部分も2種以上の単量体を使用することを示唆するものということができるからである。

原告は、引用例がグラフト共重合の反応材料として、「重合体(共重合体を含め)」を挙げているのは、反応材料として使用される以前に既に重合体又は共重合体として形成されていたものを反応材料として使用し得るものとしているにすぎない旨主張するが、原告がその主張の根拠として引く引用例第4頁第96行ないし第104行、すなわち前記(ロ)の記載は、むしろ、共重合体を組成する単量体を単量体の形でグラフト成分として使用することを示唆するものとみるべきこと前説示のとおりであるから、原告の主張は採用することができない。

また、前掲甲第3号証によれば、引用例は原告の援用する記載箇所(第5頁第18行ないし第32行)中で「オレフイン(olefin)」を単数で表示していること、及び引用例記載の発明の実施例1ないし7においては、反応材料としてトリフルオロクロロエチレン(CF2=CFC1)1種のみを用いることしか記載されていないし、実施例8に列記されているオレフイン系単量体にしてもそれぞれ単独でしか用いられていないことが認められるが、これらの事実によつても、引用例の示唆する技術内容についての前記認定を左右することはできない。

(2)  (引用例記載の発明のオレフイン系単量体の官能性)

前記認定の引用例記載の反応材料であるオレフイン系単量体のうちエチレン、ブタジエン、シクロヘキセン、スチレンなどは本願発明にいう単官能オレフイン系単量体であることは明らかである。また、本願発明にいう多官能オレフイン系単量体は、前掲甲第1号証の1により認められる、本願明細書第7頁第5行ないし第9行の「多官能単量体は、少くとも2種類の反応性をもたなければならない。『多官能』という用語は、二官能及び三官能単量体、すなわち少くとも非共役オレフイン結合を有する単量体を含むつもりである。」との記載から明らかなように、非共役オレフイン単量体を含むものであるから、非共役ジオレフイン単量体であるジビニルベンゼン、ジアリルエーテルは本願発明にいう多官能オレフイン系単量体に当たる(これらが多官能オレフイン系単量体であることは、原告も認めるところである。)。そして、成立に争いのない乙第5号証の1ないし3(小松無二雄監修「大有機化学 22 合成高分子化合物Ⅰ」昭和38年10月1日株式会社朝倉書店発行第103、第104頁)によればジビニルベンゼンのようなジビニル単量体は2つの二重結合が共に反応性であり、多官能単量体であることは、当業者によく知られていた事項であることが認められ、右認定事実及びジアリルエーテルも非共役ジオレフイン単量体である点でジビニルベンゼンと同種の構造を有することを合わせ考えると、引用例に接する当業者は、ジビニルベンゼン、ジアリルエーテルが多官能オレフイン系単量体であることを直ちに理解することができるものと認めるのが相当である。

(3)  (単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体との併用の難易)

引用例には、単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用することの記載がないことは、当事者間に争いがない。また、前掲甲第3号証によつても、このことを示唆すると認めるに足る記載を見いだすことはできない。しかしながら、

(1) 本件出願当時、次に認定するような周知技術が存在していた。すなわち、

成立に争いのない乙第6号証(昭和38年特許出願公告第3593号公報)によれば、右公報記載の発明はイオン交換体の製造に適した基体として高分子体の製造法に関するものであるが、その発明の詳細な説明中に、粉末状のポリ塩化ビニル(幹重合体)の存在下でスチレン及びジビニルベンゼンを重合させると、ポリ塩化ビニルにスチレンとジビニルベンゼンがグラフトしている三次元樹脂構造のグラフト共重合体が生成すること(右公報第2頁左欄第25行ないし第37行)、及び「架橋剤としてはジビニルベンゼンがもつとも一般的であるがその他のジビニル化合物その他の使用も可能である。」(同第2頁右欄第25行ないし第27行)との記載があり、実施例1ないし4として、各種の熱可塑性樹脂を幹重合体とし、スチレンなど及びジビニルベンゼンを反応させ、架橋したグラフト共重合体を製造することが記載されていること、

成立に争いのない乙第7号証(昭和36年特許出願公告第6195号公報)によれば、同公報記載の発明は架橋結合α―オレフイン重合体の製造方法に関するものであるが、その発明の詳細な説明中に「本発明は、フリーラジカルを給与し得る物質である有機過酸化化合物の存在下、ラジカル機構で重合可能な単量体であるジビニルベンゼン、もしくはジビニルベンゼンを含有する芳香族炭化水素化合物と共に線状の実質的なαオレフイン重合体を120~200度Cに加熱することより成るα―オレフインの架橋結合重合体を製造する方法を提供するものである。」(右公報第1頁右欄第31行ないし第37行)との記載、及び得られる「架橋結合重合体の溶剤に対する抵抗力は相当改善され、高度に架橋重合された重合体では、比較的適当な限度内で膨潤が調節される。」(右公報第3頁左欄16行ないし第18行)との記載があり、実施例1ないし4には、イソタクチツクポリプロピレン又はイソタクチツクポリ―α―ブテンを幹重合体とし、ジビニルベンゼン及びエチルビニルベンゼンを反応させて架橋結合生成物を得ることが記載されていること、

成立に争いのない乙第8号証(昭和35年特許出願公告第13138号公報)によれば、同公報記載の発明は、ジビニルベンゼンなどの多官能単量体の炭化水素オレフイン重合体へのグラフト共重合作用により架橋重合体を製造する方法に関するものであるが、その発明の詳細な説明中に、「通常直線状にして熱可塑性重合体の構造中に物理的架橋を作ることは多くの目的に著しく有利である。この方法により、重合体の立体的安定度、特に熱収縮及び熱歪みに対する安定度が増大する。更に架橋により重合体の化学的抵抗性、特に種々の溶剤作用に対する抵抗性が増大する。」(右公報第1頁左欄第10行ないし第14行)との記載があり、実施例4には、ポリエチレン又はポリプロピレンを幹重合体とし、ジビニルベンゼン及びエチルビニルベンゼンを反応させて架橋重合体を製造することが記載されていること、

成立に争いのない乙第10号証(昭和36年特許出願公告第5546号公報)によれば、同公報記載の発明は、エチレンとプロピレン又はブテンⅠとの実質的に無定形な線状高分子量共重合体(幹重合体)を重合可能の芳香族炭化水素(グラフトさせる単量体)と混合し、加熱反応させて該共重合体内の綱状結合を遂行してエラストマーを製造する方法に関するものであるが、その発明の詳細な説明中で、重合性炭化水素としてスチレン、ジビニルベンゼンなどを挙げており(右公報第3頁左欄下から第12行ないし第14行)、実施例1ないし5には、無定形線状エチレンープロピレン共重合体を幹重合体とし、エチルビニルベンゼン及びジビニルベンゼンを反応させて架橋重合体を製造することが記載されていることがそれぞれ認められ、右認定事実によれば、グラフト共重合において、幹重合体にグラフトさせるオレフイン系単量体として必要に応じ単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用することは、本願出願当時における周知技術であつたものと認めることができるから、オルガノポリシロキサンを幹重合体とするグラフト共重合において、当業者が引用例記載の発明に右周知技術を適用して、グラフトさせるオレフイン系単量体として単官能のものと多官能ものとを併用することは容易に採択することができた組合せであるというべきである。

原告は、前掲乙第10号証に開示されている限りにおいて周知技術の存在を認めるが、該周知技術には、幹重合体としてオルガノポリシロキサンが使用されていない旨陳述する。なるほど、前掲乙第10号証のみならず乙第6ないし第8号証の各特許公報記載のものにおいて、幹重合体は本願発明若しくは引用例記載の発明が対照例とするオルガノポリシロキサンではなく、いずれも熱可塑性物重合体であることは前記認定のとおりであるから、周知技術の内容は、そのようなものを幹重合体とするものとして限定的に理解すべきであるとしても、そのような技術事項が周知であつたとする以上、当業者が引用例記載の発明に基づきオルガノポリシロキサンに対する反応材料として単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用することに格別困難性があるものとは認められない。

(2) 次に、反応材料として単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用して架橋微粒状物質をその現場で(insitu)形成させる点についてみるに、前掲甲第3号証によれば、引用例には、従来技術について、「“幹”」重合体は遊離基発生剤によりもたらされた水素抽出により“活性中心”を持つようにされ、こうしてオレフイン単量体又はオレフイン低重合体が“活性中心”に付着する。」(第1頁第64行ないし第2頁第3行)、「グラフト重合体生成は遊離基機構を通じてもたらされるものと考えられる。したがつて、遊離基の生成をもたらすのにイオン化照射か化学的遊離基発生剤かのいずれかを使うことができる。」(第2頁第29行ないし第34行)、「グラフト重合体生成」に当たり架橋効果が行われることも可能であり、「かような架橋の不存在又は程度は、反応材料の選択、使用遊離基発生体のタイプ及び/又は量の選択、“連鎖移動剤”の使用並びに一般的反応条件、例えば反応温度などにより調節され得る。」(第2頁第10行ないし第22行)との記載があり、また、引用例記載の発明について、「どのようなオルガノシリコン重合体も本発明における“幹”重合体又は反応材として使用し得る。というのは、明らかにこれらの重合体は適切な条件の下である遊離基(水素が抽出され、“活性中心”が生成されているという意味において)を生成することができるからである。」(第3頁第8行ないし第13行)との記載があり、さらに、実施例8には多官能性のジビニルベンゼンを用いる例が挙げられており、右認定の記載を総合すれば、引用例には、右に摘記したような幾つかの操作条件を適宜選択、設定することにより架橋したグラフト共重合体を形成させるという技術的思想が開示されているものと認められる。

他方、前掲甲第1号証の2によれば、本願明細書の発明の詳細な説明中に、本願発明が提供しようとする変性オルガノポリシロキサンは、「制御された条件下で遊離基開始剤の存在に於てオルガノポリシロキサンを重合体単官能モノマ及び重合性多官能モノマと接触させて作ることができる。」(第3頁第3行ないし第7行)、グラフト化段階で使用されるオルガノポリシロキサンについて、「遊離基又は水素抽出による活性場所を形成でき且つ使用する条件下でそれ以上の重合を受ける傾向のない任意のオルガノポリシロキサンをグラフト化段階に使用してよい。」(第4頁第7行ないし第10行)「本発明の変性オルガノポリシロキサンを製造する際、遊離基開始剤(中略)を使用してもよい。イオン化輻射を使用して遊離基を生じさせてもよい。」(第8頁第17行ないし第9頁第1行)との記載があることが認められる。

右認定事実によれば、本願発明も引用例記載のものも、共に、遊離基開始剤(遊離基発生剤)あるいはイオン化輻射を用いる遊離基生成機構を通じてグラフト共重合を遂行するものであるから、グラフト共重合体を形成させる機構の点で共通するものであることが明らかである。

そして、オルガノポリシロキサンに単量体をグラフトさせるとグラフト重合体が微細物質(本願発明にいう微粒状物質)として生成することが既に知られていた技術事項であることは、当事者間に争いがない。

(4)  以上によれば、引用例には、オルガノポリシロキサンに単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを反応させることは明記こそされていないが、当業者において、引用例記載の発明の示唆(前記(1)参照)、開示(前記(2)参照)する事項に周知技術を適用して、オルガノポリシロキサンに単官能オレフイン系単量体と多官能オレフイン系単量体とを併用し(前記(3)参照)、さらに、引用例記載のものと周知技術に基づき、反応現場で架橋微粒状物質を形成させる(前記(4)参照)という本願発明のような構成を採用することは容易に想到することができたものというべきである。

審決の説示は甚だしく簡に失するが、本願発明の構成の困難性を否定した趣旨を含むものと解することができ、当該判断は上述したところに照らし正当として是認できる。

3  (本願発明の作明効果について)

(1)  前掲甲第1号証の2によれば、本願明細書の発明の詳細な説明中に、本願発明の実施例及び対照例の記載があり、各例の示す特性値が第1ないし第3表として表示されていることは原告の主張(事実摘示第2の42の冒頭参照)のとおりであることが認められる。

そこで、実施例の組成物の物理的特性について、原告の主張する項目の順序に従い、第1ないし第3表及び発明の詳細な説明の示すところに基づいて検討する。

前掲甲第1号証の2によれば、次の事実が認められる。

(1) 耐溶剤性(第1、第2表にいう「硬度」)

第1、第2表とも、20%及び40%のトルエンで処理した場合における実施例の組成物と対照例の組成物は、ほぼ同様の特性値を示す。

これに対し、第1、第2表を通じ、60%のトルエンで処理した場合には、実施例の組成物は硬化性を失わないが、対照例の組成物は硬化不能な熱可塑性物質となり、実施例と対照例との間に効果の相違がある。

(2) 機械的性質(第1、第2表にいう「引張り・伸び・引裂き」)

20%及び40%トルエンで処理した場合における実施例と対照例の各組成物を比較すると、第1表では、引張りで対照例2(b)が実施例1(b)より相対的に優れた特性値を示す外、引張り・伸び・引裂きの諸項目において、実施例の組成物が対照例の組成物よりやや優れており、第2表では、引張りで対照例4(c)が実施例3(c)より相対的に優れた特性値を示す外、引張り・伸び・引裂きの諸項目において、実施例の組成物が対照例の組成物より相対的に優れ、その程度は第1表の場合より勝つている。

60%のトルエンで処理した場合において、実施例の組成物は引張り・伸び・引裂きの諸特性を失わないないが、対照例の組成物は硬化不能な熱可塑性物質となり、実施例と対照例との間に効果の相違がある。

(3) 粘着力

第3表において、実施例の組成物は対照例の組成物よりガラス及びアルミニウム基体に対する粘着力の点で相対的に優れた特性値を示す。

(4) 非膨潤性

本願明細書の発明の詳細な説明中に、「架橋オルガノポリシロキサンは、溶媒の可溶化効果に耐える。即ち、通常当量の末架橋微細物質を溶解する溶媒は、架橋微細物質に関するほんの僅かな膨潤効果を有する。」(第19頁第14行ないし第17行)という抽象的な説明がある。

(5) なお、実施例1、3の各(a)ないし(d)の各組成物は7日間常温において硬化したとされているが、他方、対照例2、4の各(a)ないし(c)の各組成物も7日間常温において硬化したとされ、室内硬化性を有する点で共通する部分がある。

(2) 前記(1)の認定事業によれば、第1、第2表を通じ60%のトルエンで処理した場合における耐溶剤性について、実施例の組成物は硬化性を失わないが、対照例の組成物は硬化不能な熱可塑性物質となり、実施例と対照例との間に効果の相違があること、したがつてまた、60%のトルエンで処理した場合には、実施例の組成物と対照例の組成物の機械的性質は比較するに由ないことは否定できない。しかしながら、前掲乙第7、第8号証によれば、本件出願当時、重合体を架橋結合させることによりその重合体の溶剤に対する抵抗性が増大することはよく知られていた事項であつたことが認められ(前記2(3)(1)の乙第7、第8号証による認定事実参照)、右作用効果は架橋結合の存在によつてもたらされるものである以上、本願発明におけるようにオルガノポリシロキサンのグラフト共重体を架橋結合したものについても、当然予想される作用効果であるということができる。そして、右グラフト共重合体の溶剤抵抗性が大であれぱ、その余の物理的性質が相対的に優れた数値を示すことも当然予想される範囲に属するというべきである。

のみならず、前記(1)の認定事実によれば、第1、第2表の中に、実施例の組成物が機械的性質の点で対照例の組成物に比べて相対的に優れた数値を示すものがあるが、前掲甲第1号証の2によれば、第1、第2表において、溶剤であるトルエンの量の増加に従つて数値が上下し、トルエンの量との関連で明瞭に一定の傾向を示すものとはいえず、しかも、右数値の上下の傾向そのものも第1表と第2表との間に差異があるのみならず、対照例の組成物が実施例の組成物の特性値とほぼ同様か、又は後者の方に前者より劣る特性値を示すものが含まれていることを考えると、たとえ第1、第2表中に、実施例の組成物が対照例の組成物に比べて相対的に優れた数値を示す例があるからといつて、そのことから直ちに第1、第2表を全体的、総合的に評価すれば、本願発明の奏する作用効果が顕著であることを示すものといわなければならないものではない。

なお、本願発明の組成物かなにがしかの非膨潤性を有するとしても架橋結合によつてもたらされる予測可能な効果であるのみならず、その具体的程度を示す資料もなく、また、組成物の常温硬化性については実施例と対照例との間に差異は認められない。

したがつて、本願発明の組成物の物理的特性について前記(1)で認定した事実、とりわけ60%のトルエンで処理した場合における耐溶剤性及び本願発明の実施例の組成物が対照例の組成物に対して有する相対的に優れた特性値を根拠に本願発明が顕著な作用効果を奏するものと認めることはできず、審決が本願発明に格別の効果は認められないとしたことは誤りではない。

4  以上によれば、本願発明は当業者が引用例記載のものに基づいて容易に発明することができたものとした審決の判断は正当であり、審決には原告主張の違法はない。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条、第158条第2項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 塩月秀平)

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